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ホステスと少年  5さくら、初めて指名される

2020/08/03

一二時過ぎに、綾乃と横田は二人でアフターに出掛けた。Moon(ヽヽヽヽ) Shine(ヽヽヽヽヽ)というバーの奥の席に落ち着き、先ほど中断した翔太についての話を再開した。

「反抗期というのでしょうか。男の子って難しいです。横田さんは、高校一年生の頃はどんな感じでいらしたのですか?」

「ごく平凡な高校生だったんじゃないかなあ。親に隠れてタバコや酒を覚えたりね。綾乃さんから聞いている限りですが、翔太君はしっかりした息子さんですよ。綾乃さんがそれだけ大事に精魂込めて育てきたんだ。自分が注いできた愛情に自信を持つべきです」

「そんな自信があったら、こんなに悩みません」

少しの沈黙の後に、ウイスキーのロックを飲みながら横田はゆっくりと話し出した。

「一か月くらい前でしたか、『援助』などと不用意な言葉を使ってしまって申し訳なく思っています」

横田は、あの一か月前の同伴のときの申し出を、もう一度繰り返した。綾乃が横田の会社の書類の翻訳を請け負い、その代金を翔太の家庭教師の代金に充てさせてもらいたい。翔太が大学に合格するまで翻訳の仕事を出すということを正式に契約書で交わすつもりだ、と横田は言った。

「もしものことですが、綾乃さんと私の関係が変わったとしても、何ら問題はないようにしておきたいのです」

横田は、ロックのウイスキーのお代わりを求め、酔った素振りもなく淡々と話し続けた。

「このようにお手伝いさせていただくことを有難く思っています。今回のことは、亡くなった息子への贖罪の意味もあります。私の息子の名前は、太一といいましてね、『太』の字が翔太君と同じです。綾乃さんから翔太君へのLINEが間違えて届いたあの夜、私は、息子が還ってきたように思えてならなかったのです」

レベルの高い大学へ進み、いい友達と交友を深めてほしい。有名大学のブランド力を付けて社会に出してやりたい。そう願わない母親がどこにいるだろう。まして翔太は片親で、その母親はホステスでしか稼げないほどに頼りなく、コネも伝手(つて)も金も何一つ持ち合わせていなかった。翔太をここで躓かせてはならない、母親として何とかしてやらなければならない。綾乃は真剣勝負に挑む武士のような心持ちだった。

とはいえ、タイミングよくこのような救いの手が差し伸ばされることなどあり得るのだろうか、渡りに船のように神様が恵んでくれたこの夢のような話は、本当のことなのだろうか。何か罠が仕組まれているのではないか。うまい話には裏があると言う。足が竦みそうだ。とても怖い。だが、今は賭けてみよう、横田のこの有難い申し出に賭けてみよう。綾乃は腹をくくった。

「横田さん。よろしくお願いいたします」

それからの横田の行動は素早かった。二日後には、家庭教師派遣会社の面接官が綾乃のマンションを訪ねてきた。ベテランの面接官に対しては、翔太も素直に自分の気持ちを語っているようだった。

面接官に高校へ戻るよう勧められたが、翔太は頑として自分の意見を曲げなかった。長い話し合いの末に、綾乃の時代には「大検」と呼ばれていた高等学校卒業程度認定試験を受け、有名大学を目指すことになった。

面接官が推薦してきた家庭教師は、今年で三〇歳になるというスポーツマンタイプの教師であった。名前は平瀬といった。かれは不登校の生徒への対応が経験豊富であり、若手の中でももっとも優秀な一人で将来を嘱望されているという。

翔太はコンビニでのバイトを続けて、平瀬から週に四日、一日に三時間の指導を受けることになった。

「平瀬先生は、どうなの? 教え方は上手なの?」

綾乃が聞くと、

「音楽、マンガ、バイク、芸人とか、何の話をしても何でもよく知っているんだ。ゲームにも精通していて凄いよ」

と、翔太は目を輝かせた。

綾乃に対して、翔太が多くの言葉を費やして答えるのは、ひさしぶりのことであった。その明るい表情から、翔太と平瀬が兄貴分、弟分として良い関係を築きつつあることが伝わってきた。

「平瀬先生といっしょにONE OK ROCKのコンサートに行ってもいいかな? 関係者席のチケットが取れるんだってさ」

翔太が声を弾ませた。

「ええ? コンサートですって? 先生といっしょならいいけれど、でも、ええと」

生徒が望むコンサートに付き合う時間も、家庭教師の料金として請求されるのだろうか。コンサートの代金はどう支払ったらよいのだろう。そもそも一時間の授業料がいくらになっているのかさえ、綾乃はよく知らなかった。

《コンサートのチケット代は、どうお支払いしたらよいのでしょう。お幾らぐらいになるのでしょう?》

横田にLINEで聞くと、

《悪友の特別割引がありますから、どうぞご心配なく。》

と、返信があった。

平瀬の授業を受けるようになってからというもの、翔太の表情はみるみる明るくなっていった。翔太と平瀬はいっしょにラーメン屋に行き、図書館で本を選んだ。翔太の私服を選ぶため、連れだって都心に出掛けていくこともあった。

綾乃は、以前と同じように、翔太の弁当を毎朝手間暇かけて美味しく、栄養満点に作り上げた。ただ、高校の教室ではなくて、コンビニの控え室で食べさせるための弁当ではあるが。

弁当を作り終えて台所を片付けると、小さなテーブルの上にパソコンを置いて翻訳に取り掛かる。横田からの依頼はごく簡単な翻訳で、専門知識も特に必要としない。綾乃にとっては、小一時間もあれば終わってしまう程度のものである。この程度の仕事量で、翔太の家庭教師の代金やコンサートや食事代に釣り合っているとは、とても思えなかった。

 

さくらがル・ジャルダンに入店して一か月が過ぎた。美容院に行くことにも、毎日の事務作業にも、面倒なお客さんとの対応にもようやく慣れてきた。

長引いた梅雨が明け、激しく雷の鳴る夕立が銀座をあわただしく通り過ぎて行った夜のこと。ル・ジャルダンの非常階段で、さくらと蝶子がお喋りしていると、スタッフに呼ばれた。

「月の庭に、さくらさんを指名しているお客様がご来店です」

「ええ!? 私を指名しているお客さん? いったい誰なんでしょうか?」

「ええと、確認します。何とか先生だそうです、お二人ともお若い方だそうです」

スタッフの返事は要領を得なかった。ル・ジャルダンのスタッフは、どうしていつも「確認します」とばかり、口癖のように言うのだろうか。さくらは不思議に思った。

「先生なんて人、心当たりないです」

さくらは、自分の目で確かめることにした。非常階段を一気に駆け下りて並木通りを走り、並木ビルの階段を二階まで駆け上がった。

息を切らして月の庭に飛び込むと、左の奥の席に、日に焼けて健康そうな顔付きの男が座っていた。初めて見る男だった。

よく見ると、その下座のガラスで隠れた席に、さくらがよく知っている見慣れた黒いキャップ帽がのぞいていた。さくらが席に近づくと、キャップ帽の男とさくらの目が合った。

「うわあ、翔太君じゃない! どうしてここへ?」

ジーパンに新しいジャケットを着て、せいいっぱいおめかししている翔太が、二人のホステスに囲まれて居心地悪そうに座っていた。

「やあ、さくらさん」

翔太が照れくさそうな笑顔を見せた。

「翔太君。これ、いったいどういうことなの? どうして、翔太君がここにいるの!」

翔太に会えた嬉しさというよりも驚きのほうが大きく。さくらは大きな声を出した。

「ル・ジャルダンも月の庭も、ホームページに『お店に入る前に名刺を出してください』って書いてあるから、俺一人だけじゃ入れないって思って。この人、俺の家庭教師をしてもらっている平瀬さん」

「えっ、翔太君って、家庭教師さんが付いているの? そんな、お坊ちゃんなんだっけ?」

「初めまして」

翔太の連れの男が頭を下げた。

「さくらさん。お噂はかねがね聞いています。授業のたびに、翔太君がさくらさんの話をするのですよ。さくらさんのことが気になって勉強に身が入らない、と言うので、保護者になって来ました。あっと、支払いは、男同士の割り勘です」

「月の庭なら、俺のコンビニのバイト代でも来れそうだったからさ。さくらさんは、銀座の人って感じになったね。見違えちゃったよ」

翔太は眩しそうな表情を浮かべた。

「さくらさん。私たちは一時間で帰りますからね。翔太も気が済んだら勉強にも気合が入るだろうから」

平瀬が本当の兄のように言うと、

「うん」

と、翔太も笑った。

そのときである。入り口の一段高くなっている通路から、鋭く強い視線を感じた。さくらが見上げると、綾乃が、こちらを睨みつけていた。

 

九時を過ぎても、綾乃は誰からも声がかからず、非常階段に座って待機していた。ここ数日熱帯夜が続いていて、クーラーのない非常階段はまるで蒸し風呂のようだ。横田からプレゼントされた扇子で顔をあおいだ。さすがに名高い宮脇賣扇庵の品だけあって、力強く涼しい風が送られてきた。

すると四階から、大きな声が聞こえてきた。

「先生なんて人、心当たりないです」

その直後に、凄まじいスピードで階段を駆け下りてきたさくらが、疾風のように綾乃の前を走り過ぎた。

「さくらさん、危ないですよ。そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

背中に声をかけたが、さくらの耳には届かなかったようで、答えもなく走り去って行った。

そのとき綾乃の携帯が振動した。横田からのLINEだった。

《カラオケを歌いたい客がいる。月の庭に三人分の席があるかな?》

綾乃は、一瞬で暑さが吹き飛ぶくらいに気持ちが引き締まるのを感じ、すぐに、《確認します。》と返信した。そして三人分の席を確保し、横田のボトルを用意してもらう手はずを整えてから、綾乃は月の庭に向かった。手すりに手を添え、ゆっくりと階段を降りた。さっきのさくらのように駆け降りるなどという芸当は、とてもじゃないができない。

 

月の庭のスタッフに挨拶し、予約した右側の部屋に向かおうとしたときだった。左側の席に、何かちょっとした違和感のようなものを感じた。吸い寄せられるように左側を向くと、見慣れた黒いキャップ帽が目に入った。

翔太のキャップ帽と同じだ。綾乃はそう思った。だが、翔太は今頃、家庭教師の先生と頑張って勉強しているはずである。今夜のカレーライスは自信作だけれど、ご飯の量が少し足りなかったかもしれない。デザートのスイカも完食しているだろうか、などと考えながら、綾乃は黒いキャップ帽をかぶった男の顔をちらりと覗き見た。そして、心臓が止まるほどの衝撃を受けた。

男は翔太にそっくりだった。他人の空似だろうか。いつも翔太のことばかりを想っているから、翔太に見えてしまうのか。いや、翔太のはずがない。翔太は今頃……。しかし、何度確かめても、その黒いキャップ帽の男は翔太であった。吸い寄せられるように、綾乃は翔太に近寄り、声をかけた。

「翔太? 翔太なの!」

その声は、自分でも意外なくらいに震えていた。

翔太が振り返り、綾乃と目が合を合わせて瞬間、翔太は目を丸くした。翔太の前に座る平瀬が、慌てた様子で席から立ち上がった。

「平瀬先生。これは、どういうことですか? 翔太は未成年ですよっ」

翔太は驚きのあまり、唖然というよりは呆けたような表情を浮かべている。

「おふくろ!? ええと、どうしてここに?」

「なんでもいいでしょう、とにかく、ここは翔太の来る場所じゃありませんっ」

綾乃は、やっとの思いでそう答えた。翔太には、自分が銀座でホステスをやっているとは一言も言っていない。だが、それはともかく、翔太を一刻も早くここから追い出して家に帰さなくてはと考えた。

そのとき、後ろから男の声が聞こえた。

「私の社員が、何かご迷惑をお掛けしていますか?」

横田であった。横田は綾乃の肩に優しく手をのせ、その身体を右側に動かした。

「何かありましたか?」

冷静な口調で言いながら、横田は綾乃と翔太の間に割って入った。

「ええと、おふくろの上司さんですか?」

翔太が横田に聞いた。

「ああ、君が翔太君だね。はじめまして。君のことは綾乃さんから聞いていますよ。大変優秀な息子さんがいるとうかがっています」

横田はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出した。

「翔太君、これが私の名刺です。君のお母さんはたいへん能力の高い方で、弊社は大変お世話になっているのです」

両手で名刺を受け取った翔太は、横田の目をまっすぐに見ながら言った。

「今日はさくらさんに会いにきたんです。さくらさんとは、五反田のお店にいた頃の知り合いなんで、ちゃんとやれているのかなって心配になったので」

「え? 翔太とさくらさんが知り合いですって!」

綾乃が顔を蒼白にして語気を強めると、

「まあ、ちょっと。ここで話すのはやめましょう」

と、横田が綾乃をなだめた。

「そろそろ撤収します。僕たちには一時間分の予算しかないですし」

平瀬が会計を頼むと、翔太がポケットの財布から一万円札を取り出した。平瀬はその一万円を受け取り、会計を済ませた。綾乃は、その様子をただ茫然と眺めていた。

 

さくらが見送りにエレベーターに乗り込もうとするのを、翔太が止めた。

「さくらさん、あとでLINEするから」

綾乃にはもちろん、店にいる全員に聞こえるほどの大きな声で言うと、翔太は綾乃を引っ張るようにしてエレベーターに乗った。

「俺も驚いたけど、おふくろだって驚くよね。まさか、こんな場所で鉢合わせするなんて、いや、奇遇だね」

翔太は、おかしくて仕方がないという様子で笑い出した。

「笑ってる場合じゃないでしょう」

綾乃は憮然とした表情で厳しく叱った。

「ごめん、ごめん」

翔太は綾乃に、ことの経緯を簡単に説明した。さくらに会うために、平瀬と「数学の模試で九〇点を超えたら、銀座のクラブにいっしょに行く」という賭けをしたのだという。

「平瀬先生は、俺がテストで九〇点を取れるはずなんか、絶対にないと思っていたんだ。でも、男らしく約束を守ってくれたんだよ。平瀬先生を怒らないでよ」

翔太の言葉を受け、平瀬は深々と頭を下げた。

「いや、すみません。まさか、まさか先月の模試で九〇点を越えるとは思ってもいませんでした。先々月の模試では三二点だったのですから。見事に翔太君に嵌められてしまいました。面目ない。いや、申し訳ありません」

そこまで謝られては、綾乃も怒りの矛先を向ける相手もなく、しだいに落ち着きを取り戻した。

「翔太、あなたはまだ一六歳なのよ。今日の勉強はもう終わったの? 平瀬先生とまっすぐお帰りなさい。寄り道は駄目よ」

綾乃は、無性に翔太を子ども扱いしたくなっていた。

 

さくらは目の前で起こった事件を、言葉もなく見守っていた。会計を済ませた翔太を見送りに行こうとすると、

「さくらさん、あとでLINEするから」

と、翔太はさくらに目配せした。ここは黙っていてほしいのだ、と翔太の意図を汲み取り、踏みとどまった。

翔太が綾乃を引っ張るようにして月の庭を出て行く姿を、月の庭のホステスたちは無言で見送った。だが、やがて、

「綾乃さんに、あんなに大きな息子さんがいたんだね」

「こんなことってあるんだ、悪い事はできないよね」

「びっくりしたよ」

「息子さん、イケメンだったね」

と、口々に噂話を始めた。

 

さくらは、事態がまだよく呑み込めていなかった。翔太の母が綾乃だったなどとは、想像だにしていなかった。しかしよくよく考えてみると、翔太と綾乃は顔がそっくりであることに気がついた。顎が細く鼻筋がすっきり整っていて、肌がきめ細かい。翔太がジャニーズ系のイケメンで、綾乃は正統派の美人である。

さくらは、翔太が一人で初めてガールズバーに来てくれた夜、お母さんからのLINEに気がつかなかった、と言って焦っていたことを思い出した。その時は、マザコンの男の子だなあ、と思ったのだが、まさか、お母さんが銀座のホステスさんだとは知らなかった。それも、よりによって自分と同じクラブの。たしか浜離宮庭園でも、

「銀座のクラブなんて、縁も所縁もない」

などと言っていたと思う。さくらは、これからどうなるのだろう、と心配になった。

 

小一時間ほどしてから、さくらは横田の席に呼ばれた。横田は接待していたお客といっしょにいったん店を出て行ったが、お客を帰して一人でル・ジャルダンに戻ってきたという。

「さくらさんと翔太君はどういうお知り合いなんですか? まだ一六歳の少年ということをご存知なかったのかな?」

横田は丁寧な口調でさくらに聞いた。

「翔太君にとって今は大事な時期ですから、さくらさんにも協力してもらいたい。いろいろと教えてください」

なんと答えたらいいのだろうか。さくらは、下手なことを話して翔太に迷惑をかけたくはなかった。困りきって身じろぎしていると、

「翔太君はコンビニでバイトしながら大学受験を目指しています。クラブでお酒を飲んで遊ぶような時間もお金はありません。もう二度とお店に呼ぶようなことはしないでもらいたいのです」

横田は毅然とした口調で諭した。

「私、翔太君を呼んでなんかいないです。いきなり現れて、私のほうが驚いたんです」

あらぬ誤解に、思わず強い口調で反論した。

その時、さくらのスマホが小さく振動した。翔太からのLINEであった。

《さっきはびっくりしたね。もし、おふくろや横田さんから聞かれたら、何でも正直に答えてくれて大丈夫だよ。コカレロが好物だとかも白状していいから。》

さくらは、ふう、と深いため息を吐いた。

何をどこまでどう話したらいいのか迷っていたが、ありのままに話していいとわかり、急に肩の荷が下りた心地がした。やっぱり翔太はとても頭が良くて、考え方が大人だ。私がこういう状況に追い込まれることを想定してくれていたんだ。さくらは、翔太のことを少し誇りに思った。

翔太との関係を、さくらは横田に率直に話した。五反田のガールズバーで初めて出会ったこと、代々木公園で再開したこと、などなど。ただ、翔太がコカレロで酔っ払ったことは少しぼかして伝えた。

「翔太君は、私にとっては、ちょっとやんちゃで、可愛い弟みたいな感じなんです」

少しの沈黙があってから、横田が言った。

「わかりました。そうなると、今のいちばんの問題は、翔太君に綾乃さんの仕事をどう説明するかですね」

綾乃は翔太に、自分の仕事を、「外国人が多い会員制のバーの受付をしている」と説明している。年頃の多感な時期の男の子だから余計な心配はさせたくない、という綾乃の親心なのだ、と横田は言った。

「そんな子供だましの嘘は、必要ないんじゃないでしょうか。翔太君はああ見えて、とっても大人です」

どうしても必要なら、嘘でも何でも口裏を合わせようと思う。お芝居は苦手だけれど、翔太のためなら頑張れる。でも、翔太はそんな嘘はすぐ見破るに決まっている。さくらは、横田にそう訴えた。

「そのままお話しても、『おふくろ、頑張ってね』って、そんな感じなんじゃないでしょうか」

「たしかに、あなたが言うとおりかもしれない。翔太君には今日初めて会ったが、しっかりした少年だった。良い目をしていた」

横田は、まるで自分の息子の成長を見たような、嬉しそうな表情をした。

 


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