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浮気 4 雨降って地固まらず

2020/02/14

今回も前回の続きで書かせて頂きました。

旦那様が、銀座のホステスと浮気しているのではないかと疑っている奥様のお話しです。お目を通して頂きまして、
爆笑失笑なさって頂けましたら、どんなにか嬉しいです。

藤井久美子 主人公、小さな電気会社の社長の妻
藤井直樹 久美子の旦那様
藤井直人 久美子の一人息子、中学一年生
脇田 UI 興信所の調査員
すず 「ル・ジャルダン」の藤井直樹の係

 

≪久美子・雨降って地固まる≫

脇田が我が家から帰るのを玄関まで見送った。
スリッパから黒色の低いパンプスに履き終えた脇田は、私を振り返って低い声で囁いた。
「奥様、首尾上々でございましたね。旦那様があのように反省なさっている今こそ捲土重来の機会でございます。但
しここで、旦那様に逃げ道を用意して差し上げることが肝要と存じます。奥様はお気持ちを殺して『自分も悪かった』
とお詫びなさいませ。」
私は大きく頷いて、脇田の深い皺が刻まれた手を強く握りしめた。
居間に戻ると、直樹さんが冷蔵庫から缶ビールを取り出しているところだった。
「直樹さん、私にも至らないところがあったと思うの。」と冷静を装って、脇田の忠告通りに謝った。
勿論、本音は正反対である。私に悪いところなど何一つもあるものか。車の事故に例えるなら、10 対 0 である。私
は誠心誠意に主婦としての日々を全うしてきた。直樹さんの会社の景気が上向いてきたのも私の内助の功があればこ
そではないかっ。
直樹さんの頬を 2~3 発も叩いてやりたい、思いっきり張り飛ばしてやったら、スッキリするだろう。
直樹さんは、何て頭が悪いのだろう。あんな女狐にコロリと騙されるなんて大馬鹿である。
興信所の写真に写っていたように、あの女は、いろいろな男を自分の部屋に引っ張り込んでは、こずかい稼ぎをし
ているのだ。銀座のホステスなんだから、男を騙すのが仕事じゃないか。そんな女に入れ挙げるとは、呆れ返る。これ
が我が夫かと思うと情けない。
けれども、私の使命は直人が育つ温かい家庭を守ることだ。その為にならなんだってする。感情を押し殺して演技
を続けることくらい、朝飯前だ。
脇田のアドバイスが正しいと思う。怒り任せに感情をぶつけて罵っても、あの女狐のところに行かれたりしては元
も子もない。
「お父さん、私も気を付けていくから。」と言葉を繋ぐと、直樹さんが私にグラスを手渡して、そこへ缶ビールを注い
だ。
「やり直したい。」と、直樹さんが頭を下げた。
それから一分くらいの沈黙があって、「お腹が減ったなぁ。」と直樹さんがつぶやいた。
「すき焼きを楽しみにしていだけれど、用意はなさそうだね。これから美味しい物を食べにいこうよ。お母さん
と二人っきりで食事に行くのは、久し振りだろう。」と、妙に明るい声音になっている。
二人で連れだって近所の寿司屋へ出掛けた。
直樹さんはここ最近にはなかった高いテンションでよく喋って、二人が出会ったときのことや、直人が小さか
った頃のことなどの懐かしい話題を持ち出してきた。
「新婚旅行のマウイで飛行機が遅れたときには参ったよね。あの空港の珈琲の不味かったこと、覚えているか?」
「直人が生まれたときは仙台に出張中でさあ。駆け付けたかったけれど、安ホテルでヤキモキしていたよ。」
私が喜んで食い付きそうな昔話しを次々と提供してきた。こんなふうに私の機嫌を取ってくれるのは何十年振
りだろう。結婚する前に喧嘩したときも、こんなふうだったなぁと当時の光景をありありと思い出した。
「たまには、こういう二人の時間を作ろう。」と、直樹さんは、さらに陽気な調子で言った。
「仕事ばかりに熱中していたが、お母さんとこんなふうに話し合うことは、大事だね。そうそう、お母さんに食
べさせたいイタリアンの店を見付けたんだ。直人も連れて三人でも良いね。」
ほろ酔い加減で家に帰ってくると、直樹さんが背後から私を抱きしめた。
あの女狐とこんなことしていたんだと思うと、また腹が立ってきて少し抵抗してみたけれど、直樹さんの慣れ
親しんだ香りをかぐと力が抜けた。

≪すず・逆襲≫

『27 日の同伴だけど、お仕事の用事が入ってしまいました。ごめんね。』とラインが届いて、藤井さんが急に同
伴の約束を断ってきた。
『お仕事ですから仕方ありませんね、とっても楽しみに待っていましたけれど、了解です。』と返信したけれど、
そこからの返信が届かない。
藤井さんとは日に一度は必ずラインのやり取りをしていて、多い日には 10 回くらいも届いていたのに、何故
だか急に途絶えてしまった。
『藤井さん、どうしていますか?』
『お忙しいですか?』
『もしかして、お風邪とかですか?新型コロナが流行っていますよね。』
『寂しいなぁ』
何度もラインを送っても返事がないので、ハートの付いているスタンプを連打すると、次の日になってから、
『ごめん、待っていて』と短い返信があった。
その後も直樹さんからのラインは途絶えがちで、カレンダーで数えてみると、もう三週間も会っていないこと
に気が付いた。
直樹さんに何か起こったに違いない。病気だろうか、事故とか怪我かも知れない、いや、お仕事で何か大失敗
があったとかだろうか。こんなときに直樹さんの状況を私に教えてくれる人が誰一人としていないことを痛感し
た。
直樹さんがジャルダンに連れてきた山田部長や、ゴルフに一緒に行った安永さんに当たり障りのないメールを
してみるけれど、『直樹さんと連絡がつかない』『私に会いに来てくれない』なんて、とても書けない。
茜ちゃんに相談していたら、安永さんがお店に来たときに私をお席に呼んでくれた。
「一昨日だったかな、藤井さんと業界の会合で会ったよ、特に変わりはなかったなぁ。また飲みに行こうって誘
われたが。」と、安永さんが言い難そうに言った。
「じゃぁ、藤井さんは、お元気なのですね。ちゃんと会合に出て、会社にも出勤してらっしゃるのですね。私が
嫌われちゃっただけなんだ。私には何も思い当たることがないんです。藤井さんと喧嘩もしていないです。何が
気に入らないのか、ちっとも分からないです。」安永さんの前で泣いたらイケナイと強く思ったけれど、涙がこぼ
れて、鼻水まで垂れてきた。茜ちゃんがスタッフを呼んでお席にテッシュの箱が届けられた。
「すずちゃんの気持ち、すっごく分かるわ!」と、茜ちゃんが安永さんまで責め立てる勢いで言った。
「安永さんから藤井さんの気持ちを聞いてきて下さい。このままでは、あんまりにも、すずちゃんが可哀想でし
ょうっ。藤井さんって酷い人ですね、許せないっ!」と、茜ちゃんが怒りを露わにして言うと、
「わ、わ、分かった。俺からもよく言っておくよ。いい年の男がそれはないと俺も思うからさぁ。すずちゃん、
大丈夫だよ。何か誤解があるのかも知れないよ。」と、安永さんが慰めてくれた。
茜ちゃんと、安永さんが二人でアフターに行くのを見送って、私も新橋の駅の方向に歩き出した。12 時 38 分
の最終電車でお家に帰ろうと、並木通りをトボトボと歩いていると、30mくらい前に藤井さんによく似た人が歩
いているのが見えた。
藤井さんだっ!いや、違う。私が藤井さんのことばかり考えているから幻影が見えてしまったんだ。藤井さん
が並木通りにいる筈がないじゃないか。
いや、あの後ろ姿は藤井さんだっ。藤井さんの隣りを歩いているのは、いつも接待している山田部長だ。
私は足早に歩いて、藤井さんと山田部長が並んで歩いている後ろの 10 メートルくらいの位置に付けた。そし
て自分の携帯を取り出して、藤井さんへライン電話を掛けた。
藤井さんの真後ろを歩きながら藤井さんの携帯を鳴らすというのは、不思議な感覚である。
藤井さんが、胸のポケットから携帯を取り出すのが見えた。私の名前を確認した様子で、けれどもそのまま携
帯をポケットに戻した。
私はライン電話をしつこく鳴らし続けたが、藤井さんは全く無視している。
もう我慢がなかなかった。
「藤井さんっ!」と、藤井さんの背中に抱きついて、藤井さんの左腕に右手を差し入れて腕を組んだ。
「山田さん、お久し振りですっ!ジャルダンは素通りですかっ!もうっ!山田さんも、藤井さんも浮気者ですね
っ!」と、言葉は嫌味だが、顔だけは精一杯にホステスらしい媚を浮かべて、なるべく甘えた声を出したつもり
だ。
藤井さんは驚いた様子で、露骨に嫌な顔をした。
山田部長も良い顏はしなかったが、取り敢えずにも気まずそうに笑顔を浮かべて、
「いやー、いやー、すずちゃんのジャルダンに行こうと思ってんだけど、ごめんな。途中で悪いオバサンに捕ま
っちゃんだ。」と、頭を掻いてみせた。
「これからどちらへ?」と、山田部長に聞くと、
「ちょっと歌いにね。でも、その、あの、他の店の女の子達が後から来るんだ。」と、申し訳なさそうに言った。
「だからすずちゃんは、今日はお家に帰った方が良いよ、ねっねっ、帰りなさい。帰ろうね。タクシー代をあげ
るから。」と、藤井さんがいった。
「そうかぁ、私は、お邪魔だよね。」と、しおらしく言ったが、藤井さんの左腕を離すつもりはなくて、次のお店
にも絶対に付いていくつもりだ。
運命の女神が私に見方してくれて、ようやく藤井さんに出会えのだ。このチャンスを逃すものかっ。どんなに
嫌な顔をされても邪魔者にされても一緒にカラオケに行くんだ。
藤井さんに、どうして私に連絡をくれないのかを聞きたい。私とお別れしたいんだろうっ、私には飽きたのだ
って分かるけれど、本人の口から理由を聞きたいと思っている。
藤井さんと山田部長と私、クラブ・ソシエさんのホステスさんの二人も合流して、5 人でカラオケに興じた。
藤井さんは私とは目も合わせないで、あからさまに顔を歪めていたけれど、途中からは諦めたようで、自分で
もマイクを持って、お得意の「シングルベッド」や「桜坂」を歌っていた。
山田部長はそれなりに事情を察したようで、
「すずちゃん、こんなときは自棄酒しかないよ。好きなの飲んでいいよ。」と、ニヤニヤしながらお酒を進めてく
れた。
「シャンパンの一気飲みしたいです」と、山田部長のお言葉に甘えて、藤井さんのグラスにも溢れて零れる程に
シャンパンを注いだ。
二時過ぎにようやく藤井さんと私の二人っきりになれた。が、その途端に藤井さんがタクシーを止めて一人だ
けで先に乗り込もうとした。
「待って!」と、藤井さんと一緒にタクシーに乗り込もうとすると、藤井さんが、
「お疲れ様、これタクシー代だよ。」と、一万円を差しだした。
「いえ、いいえ、駄目ですっ。家まで送って下さい。」と、私も無理矢理にタクシーに乗り込んだ。
「どうして連絡をくれないんですか?何が理由なのか説明して下さい。」強く問い詰めると、藤井さんが窓の方
へ顔をそむけた。
「こっちを向いて下さい!」と、目と目を合わせたいと顔を近づけると、藤井さんの上に半分くらい跨る形にな
った。
「急に私のことを嫌いになった理由を教えて下さい!藤井さんがお別れしたいなら、お別れしましょう。でも、
でも、このままじゃ訳が分かりませんっ!」と、必死に言葉を繋いでいる内に涙が溢れてきた。
「すずちゃんはまだ若いし、こんなに良い子なんだから、俺には勿体ないんだ。すずちゃんにはもっと相応しい
男がいるから。俺と一緒にいても不幸になるから。」と、藤井さんが陳腐なセリフを重ねた。
「そんなの答えになっていないです。」と、もっと涙が溢れてきた。
あとからあとから涙が流れてきて止まらなくなった。鼻水が垂れてきたけれど、テッシュがない。仕方がない
ので、赤いドレスのスカートで鼻をかんだ。
「これでお別れなんですか。二度と会えないんですか。こんなに大好きなのに、理由も分からないまま私は振ら
れちゃうんだ。せめて理由を教えて下さい。」と訴えた。
藤井さんが無言になったので、あとは泣くしかなくて、ずっと涙をこぼしては、ドレスで鼻を噛んで、
「せめて理由を教えて欲しい。」と繰り返し訴えた。
錦糸町の私のマンションの前に着くと、藤井さんが「部屋まで送るよ」と意外にも一緒にタクシーを降りてき
た。
藤井さんはタクシーの運転手に「ここで、ちょっと待っていて下さい」と声を掛けたけれど、私は「いいえ、
お釣りはいらないから」と、先ほど藤井さんがお財布から取り出して、そのまま座席の下に転がっていた一万円
をタクシーのトレイに乗せた。そして、「飲み過ぎました。もう歩けないからベッドまで送って。」と、藤井さん
の肩にしなだれかかった。
「今日は、誰もお部屋にいないんだよね?」と藤井さんが聞くので、「そんな、藤井さん以外に私の部屋に来る人
なんている訳ないじゃないですか。茜ちゃんだってまだ遊びに来てないし。」と答えた。
藤井さんが私の右腕を肩に担いでエレベーターを上がってベッドまで運んでくれた。
ベッドに降ろされてから、藤井さんの胸にしがみついた。
「理由を教えてっ」と、さらに懇願した。
藤井さんの背中に回した腕に力を入れながら、やっぱりおわかれなんて出来ない、離れられないっと思った。
私は、この人に強く惹かれている。
藤井さんとお付き合いを続ける方法を探してみたい。お互いに腹を割って話し合えたら、きっと何かしらの術
が見つかるに違いない。だって、こんなに大好きなんだから。
藤井さんの首に回しているこの腕を離したら、もう二度と会えなくなってしまう気がして怖い。満身の力を振
り絞って、藤井さんの胸から離れまいとした。
「この部屋の窓から白髪の紳士が顔を出している写真を見たんだ。ジャルダンのお客さんなの?」と、唐突に藤
井さんが訪ねてきた。
「えっ、なっ何ですか、白髪のお客さんですって。その人がどうかしたのですか?」
急に何を言い出すのだろうかと、藤井さんの顔をまじまじと見詰めた。
藤井さんが、奥様に興信所を付けられたという今回の事情をぽつぽつと話し出した。見せられた写真の中に白
髪の紳士が私の部屋の窓から顔を出している写真があってショックを受けたと言った。
私の部屋に遊びにきたことがあるのは、本当に藤井さん唯一人だ。白髪の紳士って誰のことだろう、全く心当
たりがない。いや、あるかも。
私はバッグから携帯を取り出して、一枚の写真を探そうとした。
写真フォルダーには、藤井さんでいっぱいなことに改めて気が付いた。藤井さんが買ってくれたケーキの写真、
藤井さんと一緒に行ったフレンチのテーブルの写真、茜ちゃんも一緒にゴルフ場で撮った写真、どれもこれも藤
井さん絡みである。
だが今、探しているのは、別な写真である。
「あったっ!ありました!藤井さんが見せられたという窓から顔を出した紳士って、この人ですか?」
藤井さんに差し出したのは、お正月に帰省したときの家族との写真である。初詣に出掛ける前に実家のリビン
グで撮ったもので、父と母と弟と愛犬のピコ太郎が仲良く納まっている一枚だ。
「そう、こいつだっ!この男だっ!」と、藤井さんがベッドから飛び起きた。
「お父さんです、この人は、私のお父さんです。」と叫んだ。
「お父さんの隣りがお母さんで、後ろが弟です。ほら、私が抱っこしているのがピコ太郎でしょう。この部屋に
飾ってある猫の写真と同じですよね。
このときは、お父さんが東京に出張があって、私が引っ越したと言ったら様子を見に来てくれたんです。」と説
明した。
「なんだぁ、そうかぁ、すずちゃんのお父さんだったんだ。」藤井さんが、放心した表情で言った。
「誤解が解けて良かったぁ。良かったっ」と、私は、藤井さんの胸に飛び込んだ。
「藤井さん、奥様に内緒でデートするのは難しいですか?私、隠れていますから、誰にも見付からないように、
こっそり会いましょう。ねっ、お願いします」と言った。
藤井さんが私を強く抱きしめて、それから先に言葉はいらなくなった。
激しいチャイムの音で目が覚めた。
ピンポン、ピンポン、ピンポンと、何度も繰り返しチャイムが押されている。
緑色の淵の時計を見上げると、8 時 40 分を指示している。こんな早い時間にいったい誰だろう。宅急便だろう
か、それにしては時間が早い。
私の隣りで、ぐっすりと眠り込んでいた藤井さんも、頭を搔きながら起き上がってきた。
「はーい、何ですか?」
寝ぼけたまま部屋のドアを開けると、顏を引き攣らせて蒼白な顔色の中年女性が立っていた。その中年女性の
顔は、お化け屋敷の蝋人形のお化けの顏にそっくりで、思わずゾクッとした。
と、その瞬間に、「これ、主人の靴ですね。」と、蝋人形は口を開くと、私が半開きに開けたドアを強く引っ張
った。
私の部屋は、小さな1K だから、玄関を開ければ、それだけで家中が丸見えになってしまう。蝋人形のお化け
は、アッという間もなく私の部屋に飛び込んできて、「お父さんっ!」と、大きな声で叫んだ。
次に、私の顏を睨みつけて、「この女狐!泥棒猫!」と、いかにも下げずんだ声色で吐き捨てた。
以下次号
最後までお目を通して下さって、ありがとうございます。下手な文章とベタな設定でして、いつも申し訳あり
ません。


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